トップ > 観光・文化 > 観光 > 遺跡・資料館 > 永井隆記念館リニューアルオープン!

ここから本文です。

永井隆記念館リニューアルオープン!

令和3年4月20日 リニューアルオープン!

 永井隆記念館

永井隆博士の偉業を顕彰し、「平和を」の精神をこれからもつないでいくために、現地で建て替え建設工事を進めてきた雲南市永井隆記念館が、令和3年4月20日(火)午前9時にリニューアルオープンしました。

永井隆記念館について

平和を

永井隆博士は、1歳から小学校卒業までを雲南市三刀屋町(当時の飯石郡飯石村)で過ごしました。その後、長崎で医師となり、原爆で重傷を負いながらも、自らの命を顧みず「如己愛人」の精神に徹し、白血病と闘いながら負傷者救護や長崎の復興のため最後までその使命を全うしました。
その生き方やふるまい、考え方は今も多くの人に感動と共感を与え続けています。
博士の故郷である、当時の三刀屋町は、博士の業績を顕彰し、崇高な精神が次世代に引き継がれることを願って、昭和45年に旧「永井隆記念館」を建設しました。博士の愛にあふれる豊かな人間性を伝える資料を多数展示し、平和学習の拠点としての役割を果たしてきました。
新たな記念館のオープンを機に、これからも「如己愛人」、「平和を」の精神を変わることなく、博士のふるさとから発信していきます。

雲南市永井隆記念館
〒690-2404 島根県雲南市三刀屋町三刀屋199-3
電話・FAX (0854)45-2239     E‐mail  un-nagai@bs.kkm.ne.jp

開館時間 午前9時から午後5時
休館日 月曜日、国民の祝日の翌日、12月29日から翌年1月4日
入館料 一般300円 (19歳未満無料)/団体(20人以上) 240円
*団体でのご利用については事前にご相談ください。

新型コロナウイルス感染症拡大防止のためのお願い

(1)入館時にはマスクの着用と手指の消毒、検温、連絡先(代表者)の記入をお願いします。

(2)37.5℃以上の発熱のある方、体調のすぐれない方の入館をお断りしております。

(3)混雑緩和のため、入館を制限させていただく場合がありますのでご了承ください。

記念館のあゆみ

昭和43年(1968)7月

博士の母校、飯石小学校区の有志から、当時の三刀屋町に対し「明治100年を記念して、郷土の偉人永井隆の顕彰碑を建設したく協力願いたい。」との申し出があった。これを受け検討を重ねたのち、記念館建設への機運が高まっていった。

昭和45年(1970)10月

旧永井隆記念館

全国から約5,000名のご芳志を基に三刀屋町立「永井隆記念館」が竣工。同時に、長崎市の永井隆記念館と姉妹館となる。

平成16年(2004)11月

合併により、「雲南市永井隆記念館」になる。

平成20年(2008)5月

如己堂

永井隆博士生誕100年を記念し、長崎市永井隆記念館のご協力により如己堂(複製)を建設。2畳の小さな部屋で、2人の子どもたちと暮らした様子が偲ばれる。

平成30年(2018)5月~

新記念館建設工事のため、休館。

令和3年(2021)  4月20日

雲南市永井隆記念館 リニューアルオープン
全国から多くの方々からのご寄附により、「平和の鐘」モニュメントを設置。

施設紹介

平面図

館内設備

・車いす 1台
・AED 1台
・駐車場から館内へはスロープがあります。 館内はバリアフリーです。 

駐車場

・大型車2台
・普通車11台
・おもいやり駐車場1台
・身障者用駐車場1台

〈平和の鐘 モニュメント〉

平和の鐘

永井隆記念館は「平和を」「如己愛人」を訴え続けられた永井隆博士の功績や人間性、崇高な理念を世界に発信することを目的に整備しました。この『平和の鐘』は、その博士の理念や「平和を」の祈りの象徴として、多くの方々からのご寄附により建立しました。

「平和の鐘」の造形について

永井隆博士のいた長崎では、かつて原爆で被爆した旧浦上天主堂から毎日鐘の音が響きわたっていました。
鐘を吊るす外側のアーチは礼拝堂の室内のシルエットを表現し、鐘とアーチで「鐘楼」をイメージしています。中央のアーチの上半分は平和の意思表示でもある指先を開く「ピース(V)サイン」を、下半分は文字の「人」を表現し、同時に英語の「Peace Sign」と日本語の「人」による多言語を含ませた混成造形としています。モニュメント全体を通して「鐘楼で国を問わず人々が平和(Peace)を願う」という意味を込めています。
(*モニュメントに設置された陶板より)

〈胸像ステージ〉

胸像

記念館の入口右側には、旧記念館の前庭に置かれていた、博士をたたえた「頌徳碑」、長崎医学同窓会島根県支部様より贈られた「歌碑」が並びます。
そして、博士の胸像が穏やかな表情で来館者の皆様を迎えます。

〈展示室〉

展示室

博士の生涯や功績、人々との交流などを映像資料や壁面展示を通じて伝えています。
長崎の永井隆記念館のご協力のもと、原爆で亡くなった緑夫人が身につけていたロザリオの複製を展示しています。博士の直筆の絵葉書や手紙なども多数展示し、その人となりをより近く感じることができます。

〈図書室「うちらの本箱」・顕彰図書室〉

図書室

戦後、博士は子どもたちのために「うちらの本箱」と名づけた図書室を自宅横に開設しました。これにならい、当館内にも図書室を設置し、幼児向けの絵本や児童書などを中心に13,000冊を所蔵しています。また顕彰図書室には、博士の著作や平和に関連する書籍等を所蔵しています。 (*貸し出しもしています。)

〈多目的室〉

多目的室

団体のご来館者様への説明、会議・研修等でご利用いただけます。
プロジェクターやスクリーンを備えています。
(*ご利用については、記念館に直接お問い合わせください。)

永井隆博士について

永井 隆 (Takashi  Nagai) 
明治41年(1908) 2月3日 ~ 昭和26年(1951) 5月1日 享年43

永井隆博士

放射線医学の研究による白血病を患い、また長崎の原爆で重傷を負いながらも自分の命を顧みず負傷者救護や長崎の復興のため、最後まで医師としての使命を貫きました。また、病床に伏しながら、二人の子どもたちを愛しみ、命の限り執筆活動を続けました。科学者であると同時に文芸家でもあった博士は「この子を残して」、「長崎の鐘」などの著作を通し、「如己愛人」・「平和を」の精神を日本のみならず、世界に向かって訴え続けました。

生い立ちの地

生い立ちの家(雲南市三刀屋町多久和)

永井隆(博士)は、明治41年、父 寛(のぶる)が働いていた松江市田野医院の一室で産声を上げました。生れて間もない隆は、父の医院開業のため両親とともに飯石村(現雲南市三刀屋町)へ移住しました。以後、この地が永井家の本籍地となり博士のふるさとになりました。自然豊かな飯石の里で小学校を卒業するまでのびのびと育ちました。その生い立ちの家は、雲南市が管理し当時のままの姿で残っています。

ふるさとの人々との交流

館内展示

医師を志し長崎医科大学へ進んだ隆は、在学中にもたびたび帰省し、家族や親せきの人たちと団らんしたり、恩師・友人ともさかんに親交を深めていました。卒業後は、研究や医療活動、戦争動員など多忙の中、少ない機会を見つけて帰省し、親せきや近所の人たちへのあいさつ回りをかかしませんでした。また、なかなか帰省ができない分、こまめに手紙などを送りふるさとの人々と交流していました。

永井隆博士の年譜

明治41年 1908 2月3日 松江市で生まれる。
明治42年 1909 飯石郡飯石村(現、雲南市三刀屋町)に移住。
大正9年 1920 3月 飯石小学校を卒業し、旧制松江中学校に入学。
大正14年 1925 4月 旧制松江高校入学。
昭和3年 1928 4月 長崎医科大学に入学。
昭和5年 1930 3月 母 ツネ死去。
昭和7年 1932 3月 長崎医科大学卒業。物理的療法科に入局し、放射線医学を専攻。
昭和8年 1933 2月 徴兵検査を受け、満州事変に従軍。
昭和9年 1934 2月 帰還し、長崎医科大学助手として復帰。
6月 カトリックの洗礼を受ける。
8月 森山 緑と結婚。
昭和12年 1937 日中戦争に従軍。
昭和14年 1939 2月 父 寛(のぶる)死去。
昭和15年 1940 帰還し、医大の助教授となる。
昭和19年 1944 医学博士となる。
昭和20年 1945 6月 白血病と診断される。
8月9日 長崎に投下された原爆により、頭部動脈切断の重傷を負いながら、救護活動にあたる。
妻 緑、死去。
昭和21年 1946 8月 「長崎の鐘」脱稿。
昭和23年 1948 10月 ヘレン・ケラーさんが如己堂を訪れる。
昭和24年 1949 5月 昭和天皇に拝謁。
昭和25年 1950 6月 国家表彰を受け天皇から銀杯1組を賜る。
昭和26年 1951 5月1日 長崎医科大学附属病院に入院、午後9時50分逝去。享年43。

アクセス

雲南市箇所図

雲南市箇所図

関連リンク

平成17年11月、雲南市は合併1周年を記念して「平和を」の都市宣言をしました。

「永井隆平和賞」は、永井博士の業績を顕彰し、博士の愛と平和の精神を次世代に伝えていくために、平成3年に創設し、以来、毎年「愛」と「平和」をテーマに作文を募集しています。 過去5年間の受賞作品がご覧になれます。

近隣の観光情報はこちらからご覧ください。


教育委員会 社会教育課
〒699-1392
島根県雲南市木次町里方521-1
Tel 0854-40-1073
Fax 0854-40-1079
shakai-kyouiku@city.unnan.shimane.jp
(注意)メールアドレスの「@」は半角「@」に書き換えてください。

もしもに備えて

防災情報

急病時の医療機関